アンドレアス・ミケルセン
Andreas Mikkelsen

キャリア・サマリー / Carrer Summary

12歳の時、スキーのノルウェー・ジュニアチームに選抜されたこともあるアンドレアス・ミケルセンは、膝を負傷したことでスキーを諦め、ラリーへと転向した変わり種だ。2006年に本格的にラリー修行をするために英国に移住し、同じ年のラリーGBでWRCデビューをしている。2007年はWRC8戦に出場し、3つのラリーでトップ10入りした。2008年には彼のキャリアを加速させる出来事があった。スウェーデンで5位になり、WRCポイントを獲得した最年少ドライバーとなった。

ミケルセンにとって2009年は試練の一年になった。ノルウェーの経済不況のためスポンサー獲得が難航、グループNマシンよりスペックの劣るスバル・カップカーのインプレッサで母国選手権に臨むことになった。さらには観客の少女が亡くなる悲惨な事故にも遭遇、当時、20歳だった彼は精神的に追いつめられて引退を考えたほどだったが、亡くなった少女の家族にも励まされ、ふたたびラリーを続けることを決意している。

2010年、ミケルセンはMスポーツのフォード・フィエスタS2000でIRCに挑戦、2011年にはシュコダUKから抜擢され、ファビアS2000にマシンをスイッチして同シリーズにフル参戦してタイトルを獲得することになった。2012年はシュコダの親会社であるフォルクスワーゲンの若手ドライバー育成プログラムに選出され、ファビアS2000でIRCとWRCの二足の草鞋を履き、IRCではタイトル連覇を遂げた。

2013年途中からフォルクスワーゲン・ポロRWRCの3番目のシートを得たミケルセンは、翌年のスウェーデンでポディウムを獲得。2位3回、3位2回と非凡なスピードを披露して選手権3位にランクされることとなった。2015年はそのパフォーマンスにさらに磨きがかかり、9回のポディウムをゲット。カタルニアでは待望のWRC初勝利を獲得している。2016年、ポーランドとオーストラリアで勝利を追加したものの、フォルクスワーゲンがWRCからの撤退を決定したことで、シートを失ってしまう。

2014年から3年連続でドライバー選手権3位を獲得したミケルセンは、2017シーズンの最初をWRC2のシュコダ・ファビアR5で走り、次いでシトロエンからスポット参戦としてサルディニア、ポーランド、ドイツに出場。カタルニアからはヒュンダイに合流することとなった。不安定な状況で、それでもドイツで2位、GBで4位のリザルトを残せたのは才能の片鱗を感じさせるところだ。

2018年はヒュンダイからフル参戦することになったが我慢のシーズンになった。スピードは見せるがそれが最後まで続かないフラストレーションの溜まる展開だった。2019年、ミケルセンはチームに新加入したセバスチャン・ローブとシートを分け合うジレンマのなか、起死回生の機会を狙う。

ドライバープロフィール

生年月日
1989年6月22日
出身
ノルウェー
WRCデビュー
2006年グレートブリテン
WRC初優勝
2015年スペイン
WRC初表彰台
2014年スウェーデン
選手権ランキング
6位(2018年)
WRC優勝回数
3回
WRC表彰台回数
22回
WRC出場回数
101回
主なタイトル
IRC 2011-2012
※データは2018年シーズンまで

2019年情報

チーム
ヒュンダイ・シェル・モービスWRT
マシン
ヒュンダイi20クーペWRC
コドライバー
アンデルス・ヤーゲル

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